バージョン4.5 第50代エテーネ国王
【2025.8.11(カイト)、2025.8.17(セカル)】
2019年のver4.5プレイから、6年が過ぎた2025年―
私は『冒険者のアルバム』で毎年1冊、本を作っていました。
2冊目以降は、創作文を載せて、写真を挿絵のように使っています。
本来の写真集とは用途が異なりますが、旅の記録には違いないので、公式サービスで本が作れるのは嬉しいですね!
2024年にver2と3の話を載せたので、2025年はver4のグルヤンラシュ本!
クオード…好き…許さない…と複雑な心境で苦しみながら既存の創作文をレイアウトしていくと…ページが足りませんでした。
折角の本だし…書き下ろすか。ver4.5を2025年に!?
4.5の結末と向き合いながら、カイトとセカルそれぞれの話を書きました。
6年の時を越えた新作。頑張りました。
▼うちのこ冒険者のアルバムを作ったよ!4冊目
写真つきのページを掲載しているので、上記リンクから読んでもらった方が雰囲気が分かりやすいかと思います。20ページ目以降がこの話です。
以下全文、内容は全く同じです。
------------
《sideカイト》
「どうした?そんなところで立ち尽くして」
静かに声をかけられて、ハッと顔を上げた。
王都キィンベルの軍団長室。
中にはあたしとそいつしかいなくて、じっと見られていた。
マデ神殿に入る手がかりを探すため、メレアーデと一緒にこの王都に来た。
城下町の人達が、新しい王が即位したって言ってたから、どういうことかと思って軍団長室に入ってみたら…
そこにいたのは、古代ウルベア地下帝国で断罪されたはずのクオードだった。
もう二度と、会えないと思ってたのに。
「なんか…まだ、実感なくて。あたしはあんたが死んだと思ってたから…」
クオードの顔をまじまじと見つめる。
初めてこのキィンベルで出会った頃の、偉そうな態度の王子の面影はない。
ウルベアで過ごした日々のせいか、どこか影を感じる顔つきだった。
「それもそうか。今、ここにいるのは奇跡のようなものだ。エテーネルキューブの起動や、王宮の兵士たちの懸命な介抱なくして、ここには立っていられなかった」
クオードは、そばにあるエテーネルキューブに軽く手を添えた。
無機質な銀色の箱は、今は何の反応も示さない。
少し浮かせてから机に置くと、カタ、と乾いた金属音が静かな部屋に響いた。
「…街の人達には、ずいぶんと慕われてるわよね。城下町じゃ、陛下が陛下が~って話す人ばっかりだったよ」
古代ウルベアの宰相グルヤンラシュとして、ウルベアとガテリアを戦乱に巻き込んだこいつが、エテーネ王国では国民に慕われる王として立っている。
街の人達は何も知らない。知ってるのはあたしとメレアーデだけ。
「それは幸せなことだな」
ふ、と静かに微笑みを浮かべるクオードを見て、あたしの心はざわついた。
慕われてることに感謝してるようにも、自分の罪が知られてないことに自嘲してるようにも見えた。
古代ウルベアでの出来事を思い出す。
ジャ・クバ皇帝の暗殺、ガテリアの滅亡…全てこのクオードが仕組んだこと。
ウルタ皇女とクウトの悲痛な叫びは、今でも耳に残ってる。
「メレアーデは、これが成功すれば、あんたを赦すって言ったけど…」
クオードを見つめたまま、言葉に詰まる。
お互いの目線が交わった。
「いい。言いたいように言え」
そう言われて一瞬躊躇ったけど。
大きく息を吸い込んで、きっぱりと言い放った。
「あたしは、あんたを許すことはできない」
「そうか」
あたしの思いを乗せた強い眼差しを向けると、クオードは静かに目を伏せた。
「メレアーデがさ、他国の人達の苦しみを理解した上で赦すって言ったのはわかってるよ。あたしだって、もしクウトが過ちを犯したら、すごく怒るけど…メレアーデと同じ気持ちになると思う」
あたしが言い終わると、クオードは背を向けた。
返事はない。背中越しに、心の壁を感じるようだった。
なんかちょっと泣きそうになる。
…だから何よ。ここで言わなきゃ。
「でも、あたしは古代ウルベアをこの目で見てる。そこがメレアーデとの違い。苦しんだ人達を見た。…あんたの良い行いに、感謝してる人達だっていた。それを見た上で、自分で考えた結果、あんたがウルベアとガテリアでやったことは…一生許さないって決めた」
あたしがピシャリと言い切ると、クオードは静かに口を開いた。
背中を向けたまま、感情の読めない声で。
「それでいい。ここでグルヤンラシュとしての行いを知っているのは、姉さんとカイトだけだ。カイトにまで赦されてしまったら、亡くなった人達の分まで恨んでくれる人がいなくなる」
「ちょっと!亡くなった人達の憎悪、あたし一人で背負えってこと!?」
思わず叫んだ。だって、なんか投げやりじゃない!?
「そうは言っていない。お前はお前らしくしていればいい」
…あたしらしくって。
真っ直ぐで、考えなしで、色んなことに首突っ込んで。
思ったことをそのまま口にする、あたしのままでいろってこと?
じっとクオードの背中を見つめる。
クオードは何も言わずに、ただ立ってるだけ。
その後ろ姿は、背が伸びたはずなのに小さく見えて。孤独…を感じた。
ウルベアでは一人で葛藤して、寂しい思いをしてきた。
今も、第50代国王なんて肩書きを背負って、一人でエテーネの危機に立ち
向かおうとしてた。
クオードのやり方は間違ってた。
だけど…こんなにも悲しみがにじむ背中に、文句なんて言えないじゃない。
「あんたに会ったら、言いたいこといっぱいあったのにさ…。いざ目の前にしたら、言葉が出てこないや」
張り詰めた空気の中、やっと言えたのはそれだけ。
「そうか」
クオードは、静かにあたしの言葉を受け止めた。
「とりあえずは地脈エネルギーのことね!まずはエテーネを救う!それで全部片付いたら、あんたに言いたいこと全部言うからね!」
あたしはグッと拳を前に突き出し、クオードの背中に向かって言い放った。
クオードは振り返ると、あたしの動作に一瞬驚いたけど、すぐにその顔を少しだけ緩めた。
「わかった」
クオードは薄く笑ってるようにも、悲しんでるようにも見えた。
あたしを見つめてるのに、どこか遠くを見てるような、そんな気がした。
…とにかく、今はあたしにできることをやる。
考えるのはその後だ。
ウルベアのグルヤンラシュの部屋で泣いた、あの日の気持ちを思い出して、言いたかったこと、全部言ってやるんだから!
「それじゃ、行ってくる!」
あたしは勢いよく扉を開けて、軍団長室をあとにした。
後ろでクオードがどんな表情をしてるのかは、わからなかった。
《sideセカル》
涙が出ない。
軍団長室の重苦しい空気の中、ディアンジが嗚咽を漏らしている。
その隣で、ザグルフはグッと奥歯を噛み締め、涙を浮かべながらも、メレアーデの前だからと必死に耐えている。
一番辛いはずのメレアーデは、最後まで涙を流さなかった。
ただ、遠い日々に思いを馳せているのか、静かにクオードの顔を見つめている。
王女として、姉として、気丈に振る舞う姿が、かえって痛々しかった。
…オレは?
悲しいはずなのに、涙が出ない。感情が湧いてこない。
胸の奥が空っぽになったような感覚がする。
部屋全体が悲しみに包まれる中、自分だけがどこか別の、遠い場所にいる気がした。
キィンベルの軍団長室で、クオードは息を引き取った。
クオードは時見の箱に剣を振るい、キュロノスに一矢報いたものの、反撃されて致命傷を浴びた。助かる見込みはなかった。
悲しみに暮れる軍団長室を離れて、ぼーっとしたまま王都を歩く。
サッと冷たい風が吹き抜けた。思わず立ち止まった瞬間、ポンッと軽快な音を立てて、エテーネルキューブからキュルルが飛び出してきた。
「さっきから気になってたことがあるキュ。セカルは悲しんでるキュ?」
出てくるや否や、キュルルはいつも通りの無表情で、オレに尋ねてきた。
普段、他人の感情に無関心なキュルルにしては珍しい問いかけだ。
キュレクスの力を受けた影響だろうか。
「悲しいよ」
「それはおかしいキュ。セカルの表情からは、メレアーデ達と同じ感情が読み取れないキュ」
キュルルの鋭い指摘にぎょっとした。心臓が瞬く間に跳ね上がる。
オレは…クオードの死を悲しんでない?
そんなはずはない。いや、でも…
「何か別のことを考えてるキュ?」
別の、こと…。キュルルの言葉で、心の奥底がざわめいた。
この感情が何なのか、自分でもわからない。だが、話してみれば、何か答えが見つかるかもしれない。
「そうかもしれない。少し話を聞いてくれるか?」
「仕方ないキュ。聞いてやるキュ」
キュルルはやれやれと言いたげな様子で、小さな腕を組んでみせた。
そのいつもの口調と仕草に、張り詰めていた心が、何となく安堵していくのが分かった。
「オレは、ウルベア地下帝国でウルタ皇女の断罪を受けて、クオードは死んだと思ってた」
言葉にすると、胸の奥から再びあの時の痛みが蘇るようだった。
あの時、オレはクオードがグルヤンラシュとして裁かれる姿を、ただ見ていることしかできなかった。
ウルタ皇女の断罪の言葉が、今でも耳の奥から離れない。
「死体を確認せずに死を判断したのが軽率だったキュね」
キュルルは感情のこもらない淡々とした声で言った。
「ハハ…砂漠を掻き分けてクオードを探す気はなかったよ。友の死を確認するために、むごい姿を見に行く勇気はなかった」
あの時のオレに、できることはなかった。
何も見ないことで、クオードの死から目を逸らしたかっただけなのかもしれない。
「死んだと思っていたのに、確証は得たくなかったということキュ?」
キュルルの指摘に、オレは思わず言葉を詰まらせた。
あの時のオレは…クオードは生きているかもしれないという思いを捨てきれずにいた。
「…そうだな。その通りだ」
キュルルはオレを見つめたまま、小さく首を傾げた。
その表情の読めない目が、オレの感情を見透かしてくる感覚がする。
「クオードの死に直面して、悲しまない理由に結びつかないキュ。死体を確認しなかったのは、生きていてほしいと願っていたからキュ」
「…ああ、生きていてほしいと思ってた。でも、どこか諦めてもいた。
そんな中で、生きていたクオードに出会って、戸惑ったんだ。ずっと幻を見ているようだった」
再会したクオードは、第50代エテーネ国王として即位していた。
落ち着いた雰囲気で国を執り仕切っていて、本当にこの人物が、ガテリア皇国を滅ぼしたグルヤンラシュなのだろうかと困惑した。
クオードを見ていると、どこか夢の中にいるような感じがして、現実味がなかった。
「時渡りで年齢のブレはあるけど、クオードは間違いなく同じ生命体キュよ」
「それはわかってる。でもな…一度死んだと思って、気持ちに区切りをつけてしまったんだ。だから切り替えが難しかった。
クオードと共に地脈や隕石の問題に立ち向かった事実が、未だに信じられない」
グルヤンラシュが断罪されてからというもの、オレは過去と現代を絶え間なく渡り、文献を漁り尽くした。ウルベア国民にも話を聞いて回った。
そこで得られたものは、後の文献には魔物とさえ書かれるほどに恐れられた、グルヤンラシュの悪行だった。
調べれば調べるほど、戦争へと突き進んだ彼の非道な行いは、人間のものとは思えない凄惨なものだった。
…だからだろうか。
心のどこかで、生きていてほしくないと願ってしまった…?
「…オレは、クオードが死んでいいと思っていたのかもしれない」
実際に言葉にしてみると、罪悪感で胸が潰れそうだった。
数多の死者を出した報いだとして、かつて共闘した友のことを、死んでいいと思っていた…?
悪寒が走り、肩が震えた。
「寒いキュ?」
「寒くはない。…自分のことを怖いと思った。クオードの死に直面して、他のみんなと同じ思いを抱けない自分を」
キュルルはジトっとした目でこちらを見た。
「セカルはその目で古代ドワチャッカ大陸を見てきたキュ。伝聞だけの人間達と違う思いを抱くのは当然キュ。
グルヤンラシュの行いを真に理解しているのは、現代ではセカルとタキだけキュ。…ビャン・ダオもいたキュね」
タキ…と名前を出されて、妹の顔を思い浮かべる。
タキもグルヤンラシュの行いを目の当たりにし、その罪の深さを知っているはずだ。
「そう、だな…。それでもタキは泣くんだろうな。オレとは違ってさ」
キュルルは感情の読めない顔で、静かに言葉を続けた。
「セカルが抱いた『死んでもいい』という気持ちは、グルヤンラシュの行いを真に理解しているからこそ生まれた感情キュ。
犠牲になった多くの命の悲しみと憤りを、セカルの心の中に引き受けたからこそ、湧いてきた感情キュね」
オレの感情を読み解いていくキュルルの言葉に驚いて、目を見開いた。
キュルルは構わず話し続ける。
「クオードは、グルヤンラシュとしての罪を決して忘れていなかったキュ。
エテーネの国民から慕われ、王として迎えられたことで、ウルベアとガテリアでの罪悪感はより一層深まったはずキュ。
だからこそ、エテーネ王国を守って目的を果たしたことで、クオードの心は報われたと考えられるキュ」
キュルルの言葉が、すっと腑に落ちた。クオードは、ただ命を落としたのではない。
自らの命を犠牲にしてでも、過去の罪に決着をつけた。…そんな結末になったのだと。
息を引き取る直前のクオードの顔は、メレアーデに赦されて、どこか安堵したように見えた。
ようやく罪から解放され、安らかに眠りにつけたからこその表情だったのかもしれない。
「セカルの思考と行動は理にかなっているキュ。
だから悲しみの感情が湧かなくても、セカルの心が冷たいわけではないキュ」
キュルルの言葉が、胸に染み渡っていく。
悲しいはずなのに、なぜ悲しめないのか。その答えが今、わかった気がした。
オレは、クオードが罪から解放されたことに安堵したんだ。
メレアーデから赦されたクオードを見て、心の底から良かったと思ったんだ。
その時、目から一筋の涙がこぼれ落ちた。
「…ああ、やっとだ」
これは悲しみの涙じゃない。
クオードを理解できたこと、自分の感情をようやく受け入れられたことへの安堵の涙だ。
それは、クオードの死を悲しむ人々とは違う、オレだけの別れの涙だった。
ストーリーページへ戻る
2019年のver4.5プレイから、6年が過ぎた2025年―
私は『冒険者のアルバム』で毎年1冊、本を作っていました。
2冊目以降は、創作文を載せて、写真を挿絵のように使っています。
本来の写真集とは用途が異なりますが、旅の記録には違いないので、公式サービスで本が作れるのは嬉しいですね!
2024年にver2と3の話を載せたので、2025年はver4のグルヤンラシュ本!
クオード…好き…許さない…と複雑な心境で苦しみながら既存の創作文をレイアウトしていくと…ページが足りませんでした。
折角の本だし…書き下ろすか。ver4.5を2025年に!?
4.5の結末と向き合いながら、カイトとセカルそれぞれの話を書きました。
6年の時を越えた新作。頑張りました。
▼うちのこ冒険者のアルバムを作ったよ!4冊目
写真つきのページを掲載しているので、上記リンクから読んでもらった方が雰囲気が分かりやすいかと思います。20ページ目以降がこの話です。
以下全文、内容は全く同じです。
------------
《sideカイト》
「どうした?そんなところで立ち尽くして」
静かに声をかけられて、ハッと顔を上げた。
王都キィンベルの軍団長室。
中にはあたしとそいつしかいなくて、じっと見られていた。
マデ神殿に入る手がかりを探すため、メレアーデと一緒にこの王都に来た。
城下町の人達が、新しい王が即位したって言ってたから、どういうことかと思って軍団長室に入ってみたら…
そこにいたのは、古代ウルベア地下帝国で断罪されたはずのクオードだった。
もう二度と、会えないと思ってたのに。
「なんか…まだ、実感なくて。あたしはあんたが死んだと思ってたから…」
クオードの顔をまじまじと見つめる。
初めてこのキィンベルで出会った頃の、偉そうな態度の王子の面影はない。
ウルベアで過ごした日々のせいか、どこか影を感じる顔つきだった。
「それもそうか。今、ここにいるのは奇跡のようなものだ。エテーネルキューブの起動や、王宮の兵士たちの懸命な介抱なくして、ここには立っていられなかった」
クオードは、そばにあるエテーネルキューブに軽く手を添えた。
無機質な銀色の箱は、今は何の反応も示さない。
少し浮かせてから机に置くと、カタ、と乾いた金属音が静かな部屋に響いた。
「…街の人達には、ずいぶんと慕われてるわよね。城下町じゃ、陛下が陛下が~って話す人ばっかりだったよ」
古代ウルベアの宰相グルヤンラシュとして、ウルベアとガテリアを戦乱に巻き込んだこいつが、エテーネ王国では国民に慕われる王として立っている。
街の人達は何も知らない。知ってるのはあたしとメレアーデだけ。
「それは幸せなことだな」
ふ、と静かに微笑みを浮かべるクオードを見て、あたしの心はざわついた。
慕われてることに感謝してるようにも、自分の罪が知られてないことに自嘲してるようにも見えた。
古代ウルベアでの出来事を思い出す。
ジャ・クバ皇帝の暗殺、ガテリアの滅亡…全てこのクオードが仕組んだこと。
ウルタ皇女とクウトの悲痛な叫びは、今でも耳に残ってる。
「メレアーデは、これが成功すれば、あんたを赦すって言ったけど…」
クオードを見つめたまま、言葉に詰まる。
お互いの目線が交わった。
「いい。言いたいように言え」
そう言われて一瞬躊躇ったけど。
大きく息を吸い込んで、きっぱりと言い放った。
「あたしは、あんたを許すことはできない」
「そうか」
あたしの思いを乗せた強い眼差しを向けると、クオードは静かに目を伏せた。
「メレアーデがさ、他国の人達の苦しみを理解した上で赦すって言ったのはわかってるよ。あたしだって、もしクウトが過ちを犯したら、すごく怒るけど…メレアーデと同じ気持ちになると思う」
あたしが言い終わると、クオードは背を向けた。
返事はない。背中越しに、心の壁を感じるようだった。
なんかちょっと泣きそうになる。
…だから何よ。ここで言わなきゃ。
「でも、あたしは古代ウルベアをこの目で見てる。そこがメレアーデとの違い。苦しんだ人達を見た。…あんたの良い行いに、感謝してる人達だっていた。それを見た上で、自分で考えた結果、あんたがウルベアとガテリアでやったことは…一生許さないって決めた」
あたしがピシャリと言い切ると、クオードは静かに口を開いた。
背中を向けたまま、感情の読めない声で。
「それでいい。ここでグルヤンラシュとしての行いを知っているのは、姉さんとカイトだけだ。カイトにまで赦されてしまったら、亡くなった人達の分まで恨んでくれる人がいなくなる」
「ちょっと!亡くなった人達の憎悪、あたし一人で背負えってこと!?」
思わず叫んだ。だって、なんか投げやりじゃない!?
「そうは言っていない。お前はお前らしくしていればいい」
…あたしらしくって。
真っ直ぐで、考えなしで、色んなことに首突っ込んで。
思ったことをそのまま口にする、あたしのままでいろってこと?
じっとクオードの背中を見つめる。
クオードは何も言わずに、ただ立ってるだけ。
その後ろ姿は、背が伸びたはずなのに小さく見えて。孤独…を感じた。
ウルベアでは一人で葛藤して、寂しい思いをしてきた。
今も、第50代国王なんて肩書きを背負って、一人でエテーネの危機に立ち
向かおうとしてた。
クオードのやり方は間違ってた。
だけど…こんなにも悲しみがにじむ背中に、文句なんて言えないじゃない。
「あんたに会ったら、言いたいこといっぱいあったのにさ…。いざ目の前にしたら、言葉が出てこないや」
張り詰めた空気の中、やっと言えたのはそれだけ。
「そうか」
クオードは、静かにあたしの言葉を受け止めた。
「とりあえずは地脈エネルギーのことね!まずはエテーネを救う!それで全部片付いたら、あんたに言いたいこと全部言うからね!」
あたしはグッと拳を前に突き出し、クオードの背中に向かって言い放った。
クオードは振り返ると、あたしの動作に一瞬驚いたけど、すぐにその顔を少しだけ緩めた。
「わかった」
クオードは薄く笑ってるようにも、悲しんでるようにも見えた。
あたしを見つめてるのに、どこか遠くを見てるような、そんな気がした。
…とにかく、今はあたしにできることをやる。
考えるのはその後だ。
ウルベアのグルヤンラシュの部屋で泣いた、あの日の気持ちを思い出して、言いたかったこと、全部言ってやるんだから!
「それじゃ、行ってくる!」
あたしは勢いよく扉を開けて、軍団長室をあとにした。
後ろでクオードがどんな表情をしてるのかは、わからなかった。
《sideセカル》
涙が出ない。
軍団長室の重苦しい空気の中、ディアンジが嗚咽を漏らしている。
その隣で、ザグルフはグッと奥歯を噛み締め、涙を浮かべながらも、メレアーデの前だからと必死に耐えている。
一番辛いはずのメレアーデは、最後まで涙を流さなかった。
ただ、遠い日々に思いを馳せているのか、静かにクオードの顔を見つめている。
王女として、姉として、気丈に振る舞う姿が、かえって痛々しかった。
…オレは?
悲しいはずなのに、涙が出ない。感情が湧いてこない。
胸の奥が空っぽになったような感覚がする。
部屋全体が悲しみに包まれる中、自分だけがどこか別の、遠い場所にいる気がした。
キィンベルの軍団長室で、クオードは息を引き取った。
クオードは時見の箱に剣を振るい、キュロノスに一矢報いたものの、反撃されて致命傷を浴びた。助かる見込みはなかった。
悲しみに暮れる軍団長室を離れて、ぼーっとしたまま王都を歩く。
サッと冷たい風が吹き抜けた。思わず立ち止まった瞬間、ポンッと軽快な音を立てて、エテーネルキューブからキュルルが飛び出してきた。
「さっきから気になってたことがあるキュ。セカルは悲しんでるキュ?」
出てくるや否や、キュルルはいつも通りの無表情で、オレに尋ねてきた。
普段、他人の感情に無関心なキュルルにしては珍しい問いかけだ。
キュレクスの力を受けた影響だろうか。
「悲しいよ」
「それはおかしいキュ。セカルの表情からは、メレアーデ達と同じ感情が読み取れないキュ」
キュルルの鋭い指摘にぎょっとした。心臓が瞬く間に跳ね上がる。
オレは…クオードの死を悲しんでない?
そんなはずはない。いや、でも…
「何か別のことを考えてるキュ?」
別の、こと…。キュルルの言葉で、心の奥底がざわめいた。
この感情が何なのか、自分でもわからない。だが、話してみれば、何か答えが見つかるかもしれない。
「そうかもしれない。少し話を聞いてくれるか?」
「仕方ないキュ。聞いてやるキュ」
キュルルはやれやれと言いたげな様子で、小さな腕を組んでみせた。
そのいつもの口調と仕草に、張り詰めていた心が、何となく安堵していくのが分かった。
「オレは、ウルベア地下帝国でウルタ皇女の断罪を受けて、クオードは死んだと思ってた」
言葉にすると、胸の奥から再びあの時の痛みが蘇るようだった。
あの時、オレはクオードがグルヤンラシュとして裁かれる姿を、ただ見ていることしかできなかった。
ウルタ皇女の断罪の言葉が、今でも耳の奥から離れない。
「死体を確認せずに死を判断したのが軽率だったキュね」
キュルルは感情のこもらない淡々とした声で言った。
「ハハ…砂漠を掻き分けてクオードを探す気はなかったよ。友の死を確認するために、むごい姿を見に行く勇気はなかった」
あの時のオレに、できることはなかった。
何も見ないことで、クオードの死から目を逸らしたかっただけなのかもしれない。
「死んだと思っていたのに、確証は得たくなかったということキュ?」
キュルルの指摘に、オレは思わず言葉を詰まらせた。
あの時のオレは…クオードは生きているかもしれないという思いを捨てきれずにいた。
「…そうだな。その通りだ」
キュルルはオレを見つめたまま、小さく首を傾げた。
その表情の読めない目が、オレの感情を見透かしてくる感覚がする。
「クオードの死に直面して、悲しまない理由に結びつかないキュ。死体を確認しなかったのは、生きていてほしいと願っていたからキュ」
「…ああ、生きていてほしいと思ってた。でも、どこか諦めてもいた。
そんな中で、生きていたクオードに出会って、戸惑ったんだ。ずっと幻を見ているようだった」
再会したクオードは、第50代エテーネ国王として即位していた。
落ち着いた雰囲気で国を執り仕切っていて、本当にこの人物が、ガテリア皇国を滅ぼしたグルヤンラシュなのだろうかと困惑した。
クオードを見ていると、どこか夢の中にいるような感じがして、現実味がなかった。
「時渡りで年齢のブレはあるけど、クオードは間違いなく同じ生命体キュよ」
「それはわかってる。でもな…一度死んだと思って、気持ちに区切りをつけてしまったんだ。だから切り替えが難しかった。
クオードと共に地脈や隕石の問題に立ち向かった事実が、未だに信じられない」
グルヤンラシュが断罪されてからというもの、オレは過去と現代を絶え間なく渡り、文献を漁り尽くした。ウルベア国民にも話を聞いて回った。
そこで得られたものは、後の文献には魔物とさえ書かれるほどに恐れられた、グルヤンラシュの悪行だった。
調べれば調べるほど、戦争へと突き進んだ彼の非道な行いは、人間のものとは思えない凄惨なものだった。
…だからだろうか。
心のどこかで、生きていてほしくないと願ってしまった…?
「…オレは、クオードが死んでいいと思っていたのかもしれない」
実際に言葉にしてみると、罪悪感で胸が潰れそうだった。
数多の死者を出した報いだとして、かつて共闘した友のことを、死んでいいと思っていた…?
悪寒が走り、肩が震えた。
「寒いキュ?」
「寒くはない。…自分のことを怖いと思った。クオードの死に直面して、他のみんなと同じ思いを抱けない自分を」
キュルルはジトっとした目でこちらを見た。
「セカルはその目で古代ドワチャッカ大陸を見てきたキュ。伝聞だけの人間達と違う思いを抱くのは当然キュ。
グルヤンラシュの行いを真に理解しているのは、現代ではセカルとタキだけキュ。…ビャン・ダオもいたキュね」
タキ…と名前を出されて、妹の顔を思い浮かべる。
タキもグルヤンラシュの行いを目の当たりにし、その罪の深さを知っているはずだ。
「そう、だな…。それでもタキは泣くんだろうな。オレとは違ってさ」
キュルルは感情の読めない顔で、静かに言葉を続けた。
「セカルが抱いた『死んでもいい』という気持ちは、グルヤンラシュの行いを真に理解しているからこそ生まれた感情キュ。
犠牲になった多くの命の悲しみと憤りを、セカルの心の中に引き受けたからこそ、湧いてきた感情キュね」
オレの感情を読み解いていくキュルルの言葉に驚いて、目を見開いた。
キュルルは構わず話し続ける。
「クオードは、グルヤンラシュとしての罪を決して忘れていなかったキュ。
エテーネの国民から慕われ、王として迎えられたことで、ウルベアとガテリアでの罪悪感はより一層深まったはずキュ。
だからこそ、エテーネ王国を守って目的を果たしたことで、クオードの心は報われたと考えられるキュ」
キュルルの言葉が、すっと腑に落ちた。クオードは、ただ命を落としたのではない。
自らの命を犠牲にしてでも、過去の罪に決着をつけた。…そんな結末になったのだと。
息を引き取る直前のクオードの顔は、メレアーデに赦されて、どこか安堵したように見えた。
ようやく罪から解放され、安らかに眠りにつけたからこその表情だったのかもしれない。
「セカルの思考と行動は理にかなっているキュ。
だから悲しみの感情が湧かなくても、セカルの心が冷たいわけではないキュ」
キュルルの言葉が、胸に染み渡っていく。
悲しいはずなのに、なぜ悲しめないのか。その答えが今、わかった気がした。
オレは、クオードが罪から解放されたことに安堵したんだ。
メレアーデから赦されたクオードを見て、心の底から良かったと思ったんだ。
その時、目から一筋の涙がこぼれ落ちた。
「…ああ、やっとだ」
これは悲しみの涙じゃない。
クオードを理解できたこと、自分の感情をようやく受け入れられたことへの安堵の涙だ。
それは、クオードの死を悲しむ人々とは違う、オレだけの別れの涙だった。
ストーリーページへ戻る
PR