母親
【2016.4.4】
器セカルの話。
器カイト視点で、魂カイトと魂セカルも登場します。
一応補足すると、魂セカルは、器セカルをクロ、器カイトをあさぎさんと呼びます。
仲間達と打ち解けた頃の器セカルと、母親との再会の話。
----------
夕陽がすっかり沈み、暗闇から虫の鳴き声が響いてくる。
グレンの家に帰ると、明かりは灯っていなかった。
まだあいつは帰っていないのか…と思いながら、電気を点けた。
買ってきた食材を出して並べ、整理していると、上の階からかすかに音がする。
怪訝に思い、傍にあった女神の杖を手にして階段を登る…と、寝室の布団が大きく膨らんでいた。
頭から布団を被っているようで、確認はできない、が。
「セカル?帰っていたのか」
私がそう呼ぶと、布団の中の男がわずかに身じろぎした。
「起きて…いるな。どうした、体が悪いのか?」
呼びかけに応じないので、近寄って少し布団を上げてみる。
すると、重そうな瞼をわずかに開き、心なしか白い顔をしたセカルが見えた。
「熱でもあるのか?風邪か?」
私の心配そうな顔に反応したのか、セカルはふるふると首を振り、だるそうに起き上がった。
「そうじゃ…ないんだけど、な」
こいつにしては、珍しく歯切れが悪い。
想いが通じてからも、セカルのニヤニヤ笑いや憎まれ口は健在だった。
しかし、今はどうも様子がおかしい。
セカルは困ったように視線を泳がせると、ベッドから立ち上がり、チェストの上に置いてあった紙切れを拾い上げた。
「今日、ジュレットでさ」
ぽつり、と話し始めた。
「会ったんだ…その、」
「誰に?」
私の質問に、セカルは何かを言おうとぱくぱくと口を開く。
乾ききった唇を見詰めていると、やがて言葉を詰まらせながら発した。
「俺の…母親」
セカルの母親。
以前聞いた、セカルは母に捨てられたのだと。
それが何故…今になって?
ぐるぐると考えを巡らせていると、セカルは私を見詰めながら話を続けた。
「たまたまだったんだ。ちびのセカルの野郎が、麻の糸がねえって言うからジュレットに寄ったんだ」
ちびのセカル、とはエテーネのセカルのことだ。
以前は険悪な仲だったが、最近はウェディのセカルが丸くなってきたようで、たまに連絡も取っているらしい。
「そしたらよ、街で…母親を見たんだ。
最後に見た時は、俺も小さかったけど…顔は忘れちゃいねえよ」
セカルは苦々しく顔を歪め、どこか遠くを見ているようだった。
思い出しているのだろうか。昔の生活を、過去を。
セカルは私の顔に視線を向けると、力なくふっと笑った。
「わりぃ。そんな心配そうな顔すんな」
髪をくしゃりと撫でられた。
「もう十年以上経ってるのにな。向こうも気付いたんだ。ビビった。
セカル、セカルなの?って聞かれ…て、」
そこで言葉が切れた。
私はセカルの頬に手を添えた。
セカルは大きく息を吐き、私の手をなぞるように触れた。
「まだ40歳いくかどうかのはずなんだが、めっきり老けちまっててよ。
なんつーか…まあ、そういう人生を送ってきたんだろうよ」
軽く吐き捨てるように放った。
トゲのあるその言葉には、言い表せない黒い感情を感じた。
「んでその…話したいって言われた」
先ほど拾い上げていた紙切れに、時間らしきメモが書いてあった。
「明日、ジュレットの酒場で…」
「行くの?」
私の素早い問いかけに、セカルは少し驚いたように顔を上げた。
「ん…どうしようか、迷ってた」
迷ってた、ということは、行こうとする気持ちがあるということだ。
自分を捨てた親に今頃会って、何を話すことがあるというのか。
「反対っぽいな、お前は」
私の顔を見て察したのか、セカルはハハッと笑った。
少し、いつもの茶化した笑い方が戻っていた。
「…そんな母親に、今更何を話すというんだ。
お前の人生を壊した、いくら憎んでも、足りない相手だろうに」
私が怒りを顕わにしているからか、逆にセカルは冷静になっていったようだった。
「そうだ。憎んでも憎んでも…この感情は収まらねえ。
次に会ったらさ、殺しちまうんじゃねえか…とも思う」
過激なことを口にしているわりに、その声色は静かだった。
「だけどさ、あんな歳食った姿見たらさ。
なんか…なんか違ぇって思って」
何が違うというのか、それはセカル自身もよく分かっていなさそうだった。
「分かんねえ。俺が一体どうしたいのか。
だからもう一回会って、話そうか…とも思ったんだ」
セカルがじっと私を見詰める。
止める気はない。が、不安は隠せない。
母との出会いは、決して良いものとは思えない。
「…でさ。俺も自分がどうなるか分かんねえから…。
お前に、近くに居てほしい」
「私に?」
見詰め合ったまま、セカルは軽く頷いた。
「ああ。相席はせずに、近くに居てくれるといい。
もし俺がおかしなことをしようとしたら、止めてほしい」
真剣な瞳から目を離せず、私はゆっくりと頷いた。
----------
翌日の昼頃。
聞かされていた時間にジュレットの酒場へ行くと、小さな女性が座っていた。
その顔は化粧こそしているものの、皺が深く、とても歳相応には見えなかった。
セカルは何も言わず、その女性の目の前の席に腰掛ける。
私は少し離れて入店し、会話が聞こえる程度の距離の席に座った。
「来てくれたのね」
女性が口を開くと、セカルは「ああ」と呟いた。
私の位置からはセカルの表情が見えないが、機嫌の悪そうな声だった。
「ごめんなさい。何から話せばいいのか…」
「…なんでもいい。あんたの好きに喋ってくれ」
母親の話は、たどたどしかったがこうだった。
男に騙され、セカルを捨てることになったこと。
どんな理由であれ、大変申し訳なかったこと。
その後の人生がどんなものだったか、考えてみても償い切れないこと。
生きていてくれてよかったこと。
自分は水商売を続けては、逃げるような生活を送っていること。
今もとても安心できる状態ではなく、この後はヴェリナードに向かうということ。
涙ながらに話す母親に対して、セカルは足を組んで微動だにせず、目を細めて聞いていた。
「分かった。もういい」
ごめんなさいと繰り返す母に、ぴしゃりと言った。
「もういい。今のあんたが何と言おうと、別に俺の人生が変わるわけじゃねえ」
もう謝られても結構だ、と冷たく言った。
「ええ…ごめんなさい。あなたが無事で、良かった。
あなたは、良い人達に巡り合えたのでしょうね」
私は思わず振り返ってしまった。
特に女性がこちらに気付いている様子はない。
「そうだな…俺は運が良かった。
おせっかいな奴も、口喧嘩できる奴も、ずっと傍にいてくれる奴もいる」
セカルがそう言うと、女性は安堵したように微笑んだ。
「その人達と、どうか幸せな時間を過ごしてね。
そして、私のことは忘れてほしいの。
こんな母さんと会ってくれて、ありがとうね」
そう小さな声で言うと、女性は立ち上がった。
「もうきっと、会うことはないから」
さようなら、と言い、女性は穏やかに微笑んで、外に出ていった。
セカルは動かなかった。少し俯き、目を伏せた。
女性が出て行ったのを確認して、私はセカルの傍に寄った。
「セカル…」
そう声を掛けると、セカルは突然自分の頭を掴み、髪をぐしゃりと掻いた。
「くっそ…っ!」
その言葉に、一体どれだけの意味が込められていたのか。
震えるセカルの隣に座り、肩を抱いた。
泣きじゃくっているのだと分かった。
「分かってたんだ…どうせ、そんなことだろうと…。
あんなに幼かった母親が、子供を育てられるわけがねえ。
悪い大人に騙されて、あいつ自身、良いように使われてた。
それでも、俺は憎んで生きていくしかなくて、それ、で…」
嗚咽を漏らしながら、セカルは続けた。
「母さん、って…最後まで、呼んでやれなかった」
----------
「あれー?珍しいね」
明るく驚いた声を上げたのは、エテーネのカイトだ。
ジュレットの酒場から移動し、エテーネのカイトとセカルが住む白亜の家を訪ねた。
突然来訪した私達に、上がって上がって!と嬉しそうに声をかける。
「おら、手土産だ。あ、クソガキは呑めねーんだっけ?」
「誰がクソガキよ!このチャラ男!」
ウェディのセカルは、いつも通り飄々としていた。
エテーネの二人に、弱い姿など見せたくないのだろう。
「あれ、クロにあさぎさん。どうしたんですか?」
奥からエテーネのセカルも出てきた。
「ほら麻の糸。ありがたく思えよ?ついでに付き合え、ちび」
「ありがとう…はいいが、お前な…まだ昼間だぞ」
ウェディのセカルにがっしりと肩を掴まれ、エテーネのセカルは何とも嫌そうな顔をした。
「でねー!お姉ちゃん聞いてよー!」
エテーネのカイトは、私に随分と懐いている。
最近はあまり来ていなかったからか、沢山の話を聞かされた。
だから、気付かなかったんだ。
あいつがかなり酔っていたことに。
「…オイ」
突然、低く唸るような声で呼ばれた。
振り向くと、ウェディのセカルが眉間に皺を寄せてこちらを見ていた。
「どうした?」
私が聞くや否や、がばっと抱きしめられた。
そして、強引に唇を奪われた。
「クロ?!何してんだ!」
先ほどまで相手をしていた、エテーネのセカルが声を荒げた。
エテーネのカイトも驚いて固まっていた。
ウェディのセカルはおかまいなしに、抱く力を強める。
「こいつは俺のだ」
エテーネのカイトと話していたことで、嫉妬したのだろうか。
そう考えているうちに、第二撃がやってきた。
「愛してる…」
セカルはそう呟くと、すう、と寝息を立てて私の肩に頭を落とした。
嫌がらせで、エテーネの二人に見せつけるようにキスをされたことはあったが。
愛してる、だなんて滅多に言わないし、ましてや二人の前で言ったことなどなく。
「…なに、今の」
呆然と、エテーネのカイトが呟いた。
「だいぶ、酔っていたようだからな…」
私がそう言うと、エテーネのセカルが首を傾げた。
「そんなに、今日は飲んでいないはずなんですが。
何か、あったんですね?」
しばらくウェディの体に入っていただけのことはある。よく分かっている。
「ああ。すまないな。巻き込んでしまって」
「いえ、大丈夫です。あさぎさん一人で背負うこともありませんよ」
エテーネのセカルが微笑む。理由も聞いてこない。
本当に良い理解者を得たと思う。
「ありがとう。こいつも、二人には感謝してるんだ」
私の言葉に、エテーネのカイトが悪戯っぽく続けた。
「そうでしょうね!
ま、こいつの口からは死んでも聞けそうにないけど!」
さっさとお姉ちゃんから離れろ~と、セカルを引っぺがそうとするので、私も笑ってしまった。
『良い人達に巡り合えたのでしょうね』
セカルの母親から言われたことを思い出す。
ええ、彼は今、大切な仲間と一緒にいます。
そして私も、ずっと傍で支えていこうと思います。
無防備に眠る姿を見て、ここが今のセカルの居場所なのだと再確認した。
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器セカルの話。
器カイト視点で、魂カイトと魂セカルも登場します。
一応補足すると、魂セカルは、器セカルをクロ、器カイトをあさぎさんと呼びます。
仲間達と打ち解けた頃の器セカルと、母親との再会の話。
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夕陽がすっかり沈み、暗闇から虫の鳴き声が響いてくる。
グレンの家に帰ると、明かりは灯っていなかった。
まだあいつは帰っていないのか…と思いながら、電気を点けた。
買ってきた食材を出して並べ、整理していると、上の階からかすかに音がする。
怪訝に思い、傍にあった女神の杖を手にして階段を登る…と、寝室の布団が大きく膨らんでいた。
頭から布団を被っているようで、確認はできない、が。
「セカル?帰っていたのか」
私がそう呼ぶと、布団の中の男がわずかに身じろぎした。
「起きて…いるな。どうした、体が悪いのか?」
呼びかけに応じないので、近寄って少し布団を上げてみる。
すると、重そうな瞼をわずかに開き、心なしか白い顔をしたセカルが見えた。
「熱でもあるのか?風邪か?」
私の心配そうな顔に反応したのか、セカルはふるふると首を振り、だるそうに起き上がった。
「そうじゃ…ないんだけど、な」
こいつにしては、珍しく歯切れが悪い。
想いが通じてからも、セカルのニヤニヤ笑いや憎まれ口は健在だった。
しかし、今はどうも様子がおかしい。
セカルは困ったように視線を泳がせると、ベッドから立ち上がり、チェストの上に置いてあった紙切れを拾い上げた。
「今日、ジュレットでさ」
ぽつり、と話し始めた。
「会ったんだ…その、」
「誰に?」
私の質問に、セカルは何かを言おうとぱくぱくと口を開く。
乾ききった唇を見詰めていると、やがて言葉を詰まらせながら発した。
「俺の…母親」
セカルの母親。
以前聞いた、セカルは母に捨てられたのだと。
それが何故…今になって?
ぐるぐると考えを巡らせていると、セカルは私を見詰めながら話を続けた。
「たまたまだったんだ。ちびのセカルの野郎が、麻の糸がねえって言うからジュレットに寄ったんだ」
ちびのセカル、とはエテーネのセカルのことだ。
以前は険悪な仲だったが、最近はウェディのセカルが丸くなってきたようで、たまに連絡も取っているらしい。
「そしたらよ、街で…母親を見たんだ。
最後に見た時は、俺も小さかったけど…顔は忘れちゃいねえよ」
セカルは苦々しく顔を歪め、どこか遠くを見ているようだった。
思い出しているのだろうか。昔の生活を、過去を。
セカルは私の顔に視線を向けると、力なくふっと笑った。
「わりぃ。そんな心配そうな顔すんな」
髪をくしゃりと撫でられた。
「もう十年以上経ってるのにな。向こうも気付いたんだ。ビビった。
セカル、セカルなの?って聞かれ…て、」
そこで言葉が切れた。
私はセカルの頬に手を添えた。
セカルは大きく息を吐き、私の手をなぞるように触れた。
「まだ40歳いくかどうかのはずなんだが、めっきり老けちまっててよ。
なんつーか…まあ、そういう人生を送ってきたんだろうよ」
軽く吐き捨てるように放った。
トゲのあるその言葉には、言い表せない黒い感情を感じた。
「んでその…話したいって言われた」
先ほど拾い上げていた紙切れに、時間らしきメモが書いてあった。
「明日、ジュレットの酒場で…」
「行くの?」
私の素早い問いかけに、セカルは少し驚いたように顔を上げた。
「ん…どうしようか、迷ってた」
迷ってた、ということは、行こうとする気持ちがあるということだ。
自分を捨てた親に今頃会って、何を話すことがあるというのか。
「反対っぽいな、お前は」
私の顔を見て察したのか、セカルはハハッと笑った。
少し、いつもの茶化した笑い方が戻っていた。
「…そんな母親に、今更何を話すというんだ。
お前の人生を壊した、いくら憎んでも、足りない相手だろうに」
私が怒りを顕わにしているからか、逆にセカルは冷静になっていったようだった。
「そうだ。憎んでも憎んでも…この感情は収まらねえ。
次に会ったらさ、殺しちまうんじゃねえか…とも思う」
過激なことを口にしているわりに、その声色は静かだった。
「だけどさ、あんな歳食った姿見たらさ。
なんか…なんか違ぇって思って」
何が違うというのか、それはセカル自身もよく分かっていなさそうだった。
「分かんねえ。俺が一体どうしたいのか。
だからもう一回会って、話そうか…とも思ったんだ」
セカルがじっと私を見詰める。
止める気はない。が、不安は隠せない。
母との出会いは、決して良いものとは思えない。
「…でさ。俺も自分がどうなるか分かんねえから…。
お前に、近くに居てほしい」
「私に?」
見詰め合ったまま、セカルは軽く頷いた。
「ああ。相席はせずに、近くに居てくれるといい。
もし俺がおかしなことをしようとしたら、止めてほしい」
真剣な瞳から目を離せず、私はゆっくりと頷いた。
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翌日の昼頃。
聞かされていた時間にジュレットの酒場へ行くと、小さな女性が座っていた。
その顔は化粧こそしているものの、皺が深く、とても歳相応には見えなかった。
セカルは何も言わず、その女性の目の前の席に腰掛ける。
私は少し離れて入店し、会話が聞こえる程度の距離の席に座った。
「来てくれたのね」
女性が口を開くと、セカルは「ああ」と呟いた。
私の位置からはセカルの表情が見えないが、機嫌の悪そうな声だった。
「ごめんなさい。何から話せばいいのか…」
「…なんでもいい。あんたの好きに喋ってくれ」
母親の話は、たどたどしかったがこうだった。
男に騙され、セカルを捨てることになったこと。
どんな理由であれ、大変申し訳なかったこと。
その後の人生がどんなものだったか、考えてみても償い切れないこと。
生きていてくれてよかったこと。
自分は水商売を続けては、逃げるような生活を送っていること。
今もとても安心できる状態ではなく、この後はヴェリナードに向かうということ。
涙ながらに話す母親に対して、セカルは足を組んで微動だにせず、目を細めて聞いていた。
「分かった。もういい」
ごめんなさいと繰り返す母に、ぴしゃりと言った。
「もういい。今のあんたが何と言おうと、別に俺の人生が変わるわけじゃねえ」
もう謝られても結構だ、と冷たく言った。
「ええ…ごめんなさい。あなたが無事で、良かった。
あなたは、良い人達に巡り合えたのでしょうね」
私は思わず振り返ってしまった。
特に女性がこちらに気付いている様子はない。
「そうだな…俺は運が良かった。
おせっかいな奴も、口喧嘩できる奴も、ずっと傍にいてくれる奴もいる」
セカルがそう言うと、女性は安堵したように微笑んだ。
「その人達と、どうか幸せな時間を過ごしてね。
そして、私のことは忘れてほしいの。
こんな母さんと会ってくれて、ありがとうね」
そう小さな声で言うと、女性は立ち上がった。
「もうきっと、会うことはないから」
さようなら、と言い、女性は穏やかに微笑んで、外に出ていった。
セカルは動かなかった。少し俯き、目を伏せた。
女性が出て行ったのを確認して、私はセカルの傍に寄った。
「セカル…」
そう声を掛けると、セカルは突然自分の頭を掴み、髪をぐしゃりと掻いた。
「くっそ…っ!」
その言葉に、一体どれだけの意味が込められていたのか。
震えるセカルの隣に座り、肩を抱いた。
泣きじゃくっているのだと分かった。
「分かってたんだ…どうせ、そんなことだろうと…。
あんなに幼かった母親が、子供を育てられるわけがねえ。
悪い大人に騙されて、あいつ自身、良いように使われてた。
それでも、俺は憎んで生きていくしかなくて、それ、で…」
嗚咽を漏らしながら、セカルは続けた。
「母さん、って…最後まで、呼んでやれなかった」
----------
「あれー?珍しいね」
明るく驚いた声を上げたのは、エテーネのカイトだ。
ジュレットの酒場から移動し、エテーネのカイトとセカルが住む白亜の家を訪ねた。
突然来訪した私達に、上がって上がって!と嬉しそうに声をかける。
「おら、手土産だ。あ、クソガキは呑めねーんだっけ?」
「誰がクソガキよ!このチャラ男!」
ウェディのセカルは、いつも通り飄々としていた。
エテーネの二人に、弱い姿など見せたくないのだろう。
「あれ、クロにあさぎさん。どうしたんですか?」
奥からエテーネのセカルも出てきた。
「ほら麻の糸。ありがたく思えよ?ついでに付き合え、ちび」
「ありがとう…はいいが、お前な…まだ昼間だぞ」
ウェディのセカルにがっしりと肩を掴まれ、エテーネのセカルは何とも嫌そうな顔をした。
「でねー!お姉ちゃん聞いてよー!」
エテーネのカイトは、私に随分と懐いている。
最近はあまり来ていなかったからか、沢山の話を聞かされた。
だから、気付かなかったんだ。
あいつがかなり酔っていたことに。
「…オイ」
突然、低く唸るような声で呼ばれた。
振り向くと、ウェディのセカルが眉間に皺を寄せてこちらを見ていた。
「どうした?」
私が聞くや否や、がばっと抱きしめられた。
そして、強引に唇を奪われた。
「クロ?!何してんだ!」
先ほどまで相手をしていた、エテーネのセカルが声を荒げた。
エテーネのカイトも驚いて固まっていた。
ウェディのセカルはおかまいなしに、抱く力を強める。
「こいつは俺のだ」
エテーネのカイトと話していたことで、嫉妬したのだろうか。
そう考えているうちに、第二撃がやってきた。
「愛してる…」
セカルはそう呟くと、すう、と寝息を立てて私の肩に頭を落とした。
嫌がらせで、エテーネの二人に見せつけるようにキスをされたことはあったが。
愛してる、だなんて滅多に言わないし、ましてや二人の前で言ったことなどなく。
「…なに、今の」
呆然と、エテーネのカイトが呟いた。
「だいぶ、酔っていたようだからな…」
私がそう言うと、エテーネのセカルが首を傾げた。
「そんなに、今日は飲んでいないはずなんですが。
何か、あったんですね?」
しばらくウェディの体に入っていただけのことはある。よく分かっている。
「ああ。すまないな。巻き込んでしまって」
「いえ、大丈夫です。あさぎさん一人で背負うこともありませんよ」
エテーネのセカルが微笑む。理由も聞いてこない。
本当に良い理解者を得たと思う。
「ありがとう。こいつも、二人には感謝してるんだ」
私の言葉に、エテーネのカイトが悪戯っぽく続けた。
「そうでしょうね!
ま、こいつの口からは死んでも聞けそうにないけど!」
さっさとお姉ちゃんから離れろ~と、セカルを引っぺがそうとするので、私も笑ってしまった。
『良い人達に巡り合えたのでしょうね』
セカルの母親から言われたことを思い出す。
ええ、彼は今、大切な仲間と一緒にいます。
そして私も、ずっと傍で支えていこうと思います。
無防備に眠る姿を見て、ここが今のセカルの居場所なのだと再確認した。
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