昔の夢
【2015.10.12】
器セカルと器カイトの話。
一緒に過ごしてきたことで、段々と心を許してきてはいるものの、『ゲーム』の存在がついて回り、これは遊びなのだから本気になってはいけない…と、お互いに葛藤している頃。
カイトがある決意をする、転機となる話です。
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「やめて…っ、ください!」
突如として家の中に響いた、聞いたことのない声で目が覚めた。
ここはグレンにあるセカルの家。青い木造りのスモールタワー。
といっても、元の家主はエテーネのセカルであり、体と魂が分離した時に、器である私達に譲られたものだ。
セカルの体の持ち主・ウェディのセカルとは、仕方なく同居する形を取っている。
奴の素行は最悪で、夜の街を遊び歩いてくることが多い。
家に帰ってきたかと思うと、私に襲いかかろうとしたりと、堪ったものではない。
近づくなと釘を刺して、二階の寝室は私が使い、セカルは一階に寝ている…のだが。
「ごめん、なさ…い」
まただ。
一階から呻き声のようなものが聞こえてくる。
下に居るのは、あの男だけのはずだ。
いつもヘラヘラと笑いながら、嫌らしい含みを持った台詞を吐く、口の悪い男。
「うわぁ!」
再び上がった叫び声に、体がビクッと跳ねた。
私はベッドから出て、足早に階段を下りていった。
そこに居たのは、確かにセカルだった。
ウェディのベッドに寝ていたが、掛け布団を蹴り飛ばし、噴き出た汗が全身を濡らしていた。
「すみま、せん…っ…やだ…いや、だ」
私は目を見開いた。
こいつが敬語を話したことなど、聞いたことがない。
寝言なのだろうか、目をきつく瞑ったまま、体を捩じらせて呻いている。
いやいやと首を振り、呻き声に混じる息も絶え絶えだ。
「…せ、セカル?起きろ、しっかりしろ!」
異常としか思えないセカルの状態を見て、必死に体を揺さぶった。
「はあ…は…ぁ」
息を切らしながら、セカルが少しだけ目を開いた。
「起きたのか?大丈夫か?」
突然の出来事に、私も声が震える。
私の声を聞いて、セカルの目がゆっくりと大きく開いていく。
「…カイ、ト」
手の甲を額に当て、汗で張り付いた前髪を払おうとしているのだろう。
だが、その手は震えて上手く動かず、髪の毛は目にかかったままだった。
咄嗟に手で額を拭ってやると、思った以上の水滴がついた。
すぐ側のタンスから布を取り出し、額から首、肌蹴た胸を拭ってやった。
セカルはゆっくりと呼吸を整えながら、ぼーっと私の顔を見ていた。
「わりぃ…」
それだけ口にすると、はあ…と大きく息を吐いた。
セカルはゆっくりとした動作で、体を起こした。
セカルは改めて私の顔を見据えると、ニヤリといつもの嘲笑を浮かべた。
だが、汗が頬を伝い、どっと疲れ切った表情。
いつもの余裕など欠片も感じられなかった。
「ろくでもねえ…昔の夢を見ただけだ」
そう静かに呟いた。
昔の夢。
こいつの過去に、一体何があったのだろう。
いつもは人を小馬鹿にしたようにカラカラと笑い、煽るような、挑戦的な態度しか取らないこいつが。
昔の夢を見て、何かに対して異常なほど怯えていた。
こいつをここまで追い詰める過去とは、一体。
「…気になるか?」
セカルは額に汗を滲ませながら、再び嘲笑する。
いつもの煽るような声色が戻っていたが、やはり表情には余裕がなかった。
「いや」
私は否定を口にした。セカルが少し眉をひそめる。
「そうか」
セカルはそう言うと目を伏せた。その表情は、柔らかく、穏やかに見えた。
過去に何があったのかは分からない。
恐らく、この得体の知れない男の核心に迫る、何かがある。
だが、聞いてはいけない気がした。今は、まだ。
こんな風に追い込まれた状況ではなく、セカルが自分から語ろうとするまでは、聞かない方が良いと思えた。
セカルは私の思慮する表情をじっと見ながら、ゆっくりと口を開いた。
「隣で…寝ていいか。気分直しにお前の夢でも見てぇ」
いつもは見ることのない、柔らかい目付きで見詰められ、私は息を飲んだ。
薄く開いた目にかかる、長い睫。
普段のニヤニヤ笑いをやめた顔立ちは、端正で。
そんな表情が出来るなんて…知らなかった。
セカルは私の手にそっと触れた。まだわずかに震えている。
いつもはギラギラしている金色の瞳からは、弱々しい光しか感じられなかった。
「分かった。一緒に寝よう」
私はそう言って、セカルの手を握り返した。
床に落ちた掛け布団を手に取り、横になるように促す。
セカルは断られると思っていたのか、一瞬意外そうな顔をしたが、すぐに笑った。
嫌らしい嘲笑ではない、子供のようなあどけない微笑みに見えた。
「ありがとな」
セカルの頭を撫でてやると、満足そうに布団に入った。
私も隣に入り、軽く肩を抱いてやった。
すぐにすやすやと寝息が聞こえてきた。
よほど気を張って疲れていたのだろう。
穏やかな寝顔を見ながら、私は一人、心に決める。
セカルの過去に触れる日が来たら、私がしっかりと受け止めるのだと。
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器セカルと器カイトの話。
一緒に過ごしてきたことで、段々と心を許してきてはいるものの、『ゲーム』の存在がついて回り、これは遊びなのだから本気になってはいけない…と、お互いに葛藤している頃。
カイトがある決意をする、転機となる話です。
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「やめて…っ、ください!」
突如として家の中に響いた、聞いたことのない声で目が覚めた。
ここはグレンにあるセカルの家。青い木造りのスモールタワー。
といっても、元の家主はエテーネのセカルであり、体と魂が分離した時に、器である私達に譲られたものだ。
セカルの体の持ち主・ウェディのセカルとは、仕方なく同居する形を取っている。
奴の素行は最悪で、夜の街を遊び歩いてくることが多い。
家に帰ってきたかと思うと、私に襲いかかろうとしたりと、堪ったものではない。
近づくなと釘を刺して、二階の寝室は私が使い、セカルは一階に寝ている…のだが。
「ごめん、なさ…い」
まただ。
一階から呻き声のようなものが聞こえてくる。
下に居るのは、あの男だけのはずだ。
いつもヘラヘラと笑いながら、嫌らしい含みを持った台詞を吐く、口の悪い男。
「うわぁ!」
再び上がった叫び声に、体がビクッと跳ねた。
私はベッドから出て、足早に階段を下りていった。
そこに居たのは、確かにセカルだった。
ウェディのベッドに寝ていたが、掛け布団を蹴り飛ばし、噴き出た汗が全身を濡らしていた。
「すみま、せん…っ…やだ…いや、だ」
私は目を見開いた。
こいつが敬語を話したことなど、聞いたことがない。
寝言なのだろうか、目をきつく瞑ったまま、体を捩じらせて呻いている。
いやいやと首を振り、呻き声に混じる息も絶え絶えだ。
「…せ、セカル?起きろ、しっかりしろ!」
異常としか思えないセカルの状態を見て、必死に体を揺さぶった。
「はあ…は…ぁ」
息を切らしながら、セカルが少しだけ目を開いた。
「起きたのか?大丈夫か?」
突然の出来事に、私も声が震える。
私の声を聞いて、セカルの目がゆっくりと大きく開いていく。
「…カイ、ト」
手の甲を額に当て、汗で張り付いた前髪を払おうとしているのだろう。
だが、その手は震えて上手く動かず、髪の毛は目にかかったままだった。
咄嗟に手で額を拭ってやると、思った以上の水滴がついた。
すぐ側のタンスから布を取り出し、額から首、肌蹴た胸を拭ってやった。
セカルはゆっくりと呼吸を整えながら、ぼーっと私の顔を見ていた。
「わりぃ…」
それだけ口にすると、はあ…と大きく息を吐いた。
セカルはゆっくりとした動作で、体を起こした。
セカルは改めて私の顔を見据えると、ニヤリといつもの嘲笑を浮かべた。
だが、汗が頬を伝い、どっと疲れ切った表情。
いつもの余裕など欠片も感じられなかった。
「ろくでもねえ…昔の夢を見ただけだ」
そう静かに呟いた。
昔の夢。
こいつの過去に、一体何があったのだろう。
いつもは人を小馬鹿にしたようにカラカラと笑い、煽るような、挑戦的な態度しか取らないこいつが。
昔の夢を見て、何かに対して異常なほど怯えていた。
こいつをここまで追い詰める過去とは、一体。
「…気になるか?」
セカルは額に汗を滲ませながら、再び嘲笑する。
いつもの煽るような声色が戻っていたが、やはり表情には余裕がなかった。
「いや」
私は否定を口にした。セカルが少し眉をひそめる。
「そうか」
セカルはそう言うと目を伏せた。その表情は、柔らかく、穏やかに見えた。
過去に何があったのかは分からない。
恐らく、この得体の知れない男の核心に迫る、何かがある。
だが、聞いてはいけない気がした。今は、まだ。
こんな風に追い込まれた状況ではなく、セカルが自分から語ろうとするまでは、聞かない方が良いと思えた。
セカルは私の思慮する表情をじっと見ながら、ゆっくりと口を開いた。
「隣で…寝ていいか。気分直しにお前の夢でも見てぇ」
いつもは見ることのない、柔らかい目付きで見詰められ、私は息を飲んだ。
薄く開いた目にかかる、長い睫。
普段のニヤニヤ笑いをやめた顔立ちは、端正で。
そんな表情が出来るなんて…知らなかった。
セカルは私の手にそっと触れた。まだわずかに震えている。
いつもはギラギラしている金色の瞳からは、弱々しい光しか感じられなかった。
「分かった。一緒に寝よう」
私はそう言って、セカルの手を握り返した。
床に落ちた掛け布団を手に取り、横になるように促す。
セカルは断られると思っていたのか、一瞬意外そうな顔をしたが、すぐに笑った。
嫌らしい嘲笑ではない、子供のようなあどけない微笑みに見えた。
「ありがとな」
セカルの頭を撫でてやると、満足そうに布団に入った。
私も隣に入り、軽く肩を抱いてやった。
すぐにすやすやと寝息が聞こえてきた。
よほど気を張って疲れていたのだろう。
穏やかな寝顔を見ながら、私は一人、心に決める。
セカルの過去に触れる日が来たら、私がしっかりと受け止めるのだと。
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